新しく出会った言葉:ディスエンフランチャイズド・グリーフとサバイバーズ・ギルト
「言葉は思考の上澄みに過ぎない」
電通のコピーライターである梅田悟司さんの著書『「言葉にできる」は武器になる。』の前書きに登場するこの言葉はとても腑に落ちるものです。
だから思考を磨かなければ言葉の成長は難しい、という文脈なのですが、
一方で、言葉を呼び水として思考を深めることもできると解釈しています。
日々出会うたくさんの言葉、そのなかでなにか心に響いたもの。
そのまま日常のなかに流れていってしまいがちだけれど、できるだけ記録して深く考えていきたいなと思っています。
そんなふうに記録しておきたいと思った、新しく出会った言葉たちのメモです。
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世田谷一家殺害事件はその凄惨さと未解決事件であることから記憶に残っている方も多いことと思います。
この事件を含む5つの事件の懸賞金が延長されたというニュースもありました。
先日、動画による情報発信を学ぶワークショップ「毎日女性会議」に参加した際、世田谷一家殺害事件の被害者のご遺族である入江杏さんのお話を聞く機会をいただきました。
トークショーの感想は改めて記事にしたいと思っているのですが、その前に、入江さんのお話に出てきた2つの言葉について。
ディスエンフランチャイズド・グリーフ
Disenfranchised grief、公認されない悲しみ、という意味だそうです。
わたしはこの言葉を初めて知りました。
大切な人を亡くした場合、通常は葬儀などで公に悲しむ機会があります。
しかしある種の状況においてはそれがかなわず、孤独の中で悲しみに対峙し続けなければなりません。
「ある種の状況において亡くなった人」とは、入江さんは自殺者を例に挙げていました。
こちらのサイト「グリーフ・サバイバー」によると、その他にも流産や中絶で亡くなった子供、関係が公認されていない相手(同性愛や愛人)なども指すようです。
殺人事件で家族を失った入江さんの痛みもまた、この「ディスフランチャイズド・グリーフ」であったそうです。
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わたしは一度だけ化学流産をしたことがあります。
化学流産とは受精卵の着床が継続できなかった状態のことで、妊娠が成立する前のことであるため医学的には「流産」とされません。
そのあとすぐに娘を妊娠、出産できたこともあり、化学流産のことを誰かに伝えたことはほとんどないのですが、
そのときの喪失感は、うまく言葉にすることもできないまま、今もわたしの中にあります。
もしもあのとき…、と、ふと考えてしまうことがあるんです。
これはディスフランチャイズド・グリーフのひとつだったんですね。
サバイバーズ・ギルト
Survivor's guilt、生存者が感じる罪悪感、という意味です。
事件や事故、災害などに遭いながら生き残った人が、周囲が亡くなったのに自分が助かったことに対して感じる罪悪感のことをいいます。
こちらは震災の話題でも使われるため耳にしたことがある方が多いかもしれません。
入江さんは事件現場となった被害者宅の隣に住み交流も深く、このサバイバーズ・ギルトを感じずにはいられなかったそうです。
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東日本大震災のとき、わたしは茨城県南部で被災しました。
多くの家財道具が壊れた家の中で、余震におびえながら1週間ほど水道が使えない生活を強いられましたが、家族や親しい人がけがをしたわけでもなく、「被災した」とか「大変だった」というのははばかられる気持ちがあります。
この「はばかられる気持ち」も広い意味ではサバイバーズ・ギルトの一種なのでしょうか。
あの1週間は確かにとてもつらいものでした。
でも避難所でもっと大変な生活をしている方も、親しい人が亡くなったり行方不明のままになっている方もたくさんいるのに、わたしなんかがつらいって言っちゃいけないような気持ちがありました。
地元である北海道の友人が心配して連絡をくれても、大丈夫、うちは全然ひどくないから、としか言えませんでした。
それがまたつらかったのを覚えています。
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言葉は言葉でしかないけれど、輪郭を与えることでこうして自分の経験を思い出し、近い気持ちを探し、共感するきっかけになります。
似たような経験をしたり、誰かの経験にふれたときにも、考えがリンクして深めやすくなるかもしれません。
世の中のすべての問題について考えるなんて不可能だけれど、
直接出会った言葉、なにか心にひっかかった言葉くらいは、そのひっかかりを一時的なものにせず、向き合っていきたいと思います。
考えること、想像すること、共感すること、
すべてやさしい社会につながっていくはずだから。
言葉はそのための道具になります。